卓球のビデオ判定システムは、2019年12月に開催されたワールドツアー・グランドファイナルで試験導入されましたが、コロナ禍を経て世界卓球2025ドーハ大会で正式導入となりました。TTR(Table Tennis Review)と呼ばれます。
課題もありますが、これからはTTRの存在を踏まえてプレーすることが不可欠になりました。審判からフォルトと指摘されないことを良しとして、怪しいサーブを出していた選手は、考え方を改めるべき時と言えます。
*アイキャッチ画像はこちらの動画からの引用です。
TTRの概要
- テーブルの周囲に設置された10数台のカメラで撮影した映像を使い、ビデオ判定ルームにいるスタッフが評価し、判定します。最終判断を下すのはビデオ判定ルームにいる人です。
- TTRを要求(チャレンジ)できるのは審判、選手のみで、コーチは要求することも審判との会話に参加することもできません。
- チャレンジは1試合につき2回失敗するまで、何度でも無制限に行えます。チャレンジが判定不能だった場合は失敗にカウントされません。
- 判定対象は8項目(後述)。
- 審判(主審、副審)の判定に対し、選手はチャレンジを要求できます。
- サービスフォルトはレシーブする前なら選手がチャレンジを要求できます。レシーブしてしまったら選手からはできません。
- 審判がサービスに対してレットを宣告した場合、選手はチャレンジを要求できません。(フォルトはできます。)
TTRの判定対象
現在8項目です。
サービス関連
- ボールがネットタッチ:ボールがネットに触れずに相手コートに入ったか
- トスの高さ:ボールが最低16cm以上垂直に投げ上げられているか
- トスの角度:最大30度以内の角度で投げ上げられているか
- ボールの視認性:サービス中にボールが体や腕で隠されていないか
- ボールのトス開始位置:ボールを台の下からトスしていないか
- ボールを打つ位置:ボールを台の外側で打っているか
ラリー中の判定
- エッジボールの判定:ボールが台の端(エッジ)に当たったかどうか
- 妨害(オブストラクション):相手の打球が妨害されたかどうか(体やラケットの接触など)
実際に行われたチャレンジ
エッジかサイドか
TTRの素晴らしさが分かります。
審判はエッジと判断したがTTRはサイドと判定
このボールがエッジだったかサイドだったかを、テーブルの反対側から見ている主審が正しく判断するのは難しかったでしょう。
インかアウトか
台のエッジに触れたかどうかの判定です。明らかな場合は選手同士が認めあうことが多いですが、微妙な場合とか、ボールまでの距離の違いで判断に差異が出る場合に、TTRはその威力を発揮します。
審判のアウト判定にチャレンジしたがアウトだった
ギリギリエッジに触れたように見えましたが、触れていませんでした。
エッジインではないかとチャレンジしたがアウトだった
テーブルの奥のエッジに触れた時の音が聞こえたような気がしてチャレンジしたものの、全然触れてませんでした。
この時のことにを、ひなちゃんねるの動画で振り返っています。
サービストスの角度
サーブ時にボールはほぼ垂直にトスしなければならないことになっています。その許容角度は30°です。
TTRでは静止した手のひらの上にあるボールと、トスしたボールの軌道の頂点を結んだ直線の角度をコンピューターで判定しているようです。
松島輝空選手のサーブに対し張本智和選手が要求
松島輝空選手のサーブに対し張本智和選手がチャレンジを要求し、成功しました。
A・ルブラン選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告
A・ルブラン選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告します。A・ルブラン選手はチャレンジを要求しますが、失敗しました。
同じ試合で同じ宣告を2回され、2回目もチャレンジして失敗しました。普段からこの違反サーブを多用しているということでしょうか。
モーレゴード選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告
モーレゴード選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告します。モーレゴード選手はチャレンジを要求しますが、失敗しました。
エーランド選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告
エーランド選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告します。エーランド選手はチャレンジを要求しますが、失敗しました。
張本智和選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告
張本智和選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告します。張本智和選手はチャレンジを要求し、成功しました。
長﨑美柚選手のサーブに対し王芸迪選手が要求
長﨑美柚選手のサーブに対し王芸迪選手がチャレンジを要求し、成功しました。長﨑美柚選手はこの明らかな違反サーブを時々出していましたが、TTRのあるテーブルで出したのにはびっくりしました。
王楚欽選手のサービスエースに対し審判がフォルトを宣告
王楚欽選手のサーブを相手選手がレシーブミスしますが、審判はフォルトを宣告します。王楚欽選手はチャレンジを要求し、成功しました。フォルトではないから失点にはなりませんでしたが、サービスエースもなかったことにされてしまいました。
最終ゲームの競った場面でこんなことされたらたまったものではないですが、誤審による失点は防げますね。
ヨルギッチ選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告①
ヨルギッチ選手のサーブに対し審判がフォルトを宣告し、ヨルギッチ選手がチャレンジを要求しました。
ヨルギッチ選手のサーブに対し審判がフォルト宣告②
ヨルギッチ選手のサーブに対し審判(おそらく副審)がフォルトを宣告し、ヨルギッチ選手がチャレンジを要求しました。
チャレンジは失敗、このフォルトでヨルギッチ選手はゲームを落としました。
張本智和選手が林昀儒選手に対し2球連続で要求
2球連続でチャレンジを要求、2回目は際どかったものの、ともに成功しました。
これからはTTRを選手が自発的にどう使うかが重要になると、はっきり分かった事例でした。
サーブ中にボールが隠れている
サーブ中に体の一部でボールをレシーバーから隠すのは不正です。レシーバーから見て、トスから打球するまで一瞬たりともボールの軌道を隠してはいけません。打つ瞬間が隠れてなければいいだろうというのは間違いです。ITTFハンドブックに明記されています。
N・アラミアン選手のサーブに相手選手が要求
N・アラミアン選手は男子で最もサーブがうまいと言われますが、そのうまいには「怪しい」が多分に含まれているのか知れません。N・アラミアン選手は明らかな違反サーブの指摘に対し、「I cannot cut my head!」とキレていましたが、自分で何をしているかは分かっているはずです。
この試合の第2ゲーム1-3からサーブ2本連続でチャレンジされてフォルト判定されています。
さらに第4ゲーム0-0からチャレンジされてフォルト判定されています。
さらに第5ゲーム0-3からは審判が”ball hidden”を宣告し、それに対してN・アラミアン選手がチャレンジして成功(ball not hidden)しました。
こういう不正サーブの撲滅に、TTRは破壊的な効果を発揮するはずです。
大藤沙月選手のサーブに対しハン・イン選手が要求
これは試験導入されたワールドカップマカオ2025でのことです。大藤沙月選手のサーブに対しハン・イン選手がチャレンジを要求し、成功しました。
このようなサーブに対し、審判は見逃してもTTRでフォルト判定される自信がある(そのように判断する)選手はチャレンジしてくる可能性が高いです。怪しいサーブは改める時です。
大藤沙月選手のサーブに対しウインター選手が要求
大藤沙月選手のサーブに対しウインター選手がチャレンジを要求し、失敗しました。TTRのカメラアングルはウインター選手の視点に近いものでしたが、ボールの軌道は隠れていませんでした。でもウインター選手の眼にはギリギリで隠れていたのかも知れません。
審判のフォルトを宣告に張本智和選手がチャレンジ要求
張本智和選手のサーブに審判がフォルトを宣告し、チャレンジを要求しましたが失敗しました。TTRのカメラビューではボールが顎で一瞬隠れていますが、レシーバーであるアルナ選手の視点からだと隠れていなかったようにも思えます。
ルールは、レシーバーから見て隠れていてはいけない、なので、TTRのカメラビューもレシーバーの視点から行う必要があります。が、これは設置するカメラの台数を無限に増やす要求につながるので、TTR運用と選手のサーブの間で折り合いを付けるしかありません。
ヨルギッチ選手が王楚欽選手のサーブに対して要求
王楚欽選手のサーブに対してヨルギッチ選手がチャレンジを要求しましたが、サーブは不正ではなく、チャレンジは失敗、失点しました。
ダブルスで松島輝空選手のサーブに対してイオネスク選手が要求
要求はトスの高さ(height)だったのですが、審判はhideと聞き間違えてチャレンジ内容をビデオルームに伝えました。それでもチャレンジは成功でした。
早田ひな選手がマテロバ選手のサーブに対して要求
マテロバ選手のサーブに対して早田ひな選手がチャレンジを要求し、成功しました。
ボールの軌道がフリーアームで隠れていました。早田ひな選手は、フリーアームを早くどけなさいという指摘を良く受けるので、注意が必要です。
F・ルブラン選手のサーブに対しバルデ選手が要求
F・ルブラン選手のサーブに対しバルデ選手がチャレンジを要求し、失敗しました。TTRのカメラアングルはバルデ選手の視点に近いものでしたが、ボールの軌道は隠れていませんでした。
サーブがネットに触れた
TTRでサービスのネットタッチが判定されるため、次の(僕の中で)卓球史上最悪の誤審が防げます。
ディアス選手のサービスエースに対し審判がレットを宣告、ディアス選手がチャレンジ
ディアス選手のサーブを蒯曼選手がレシーブミスしますが、遅れて審判がレットを宣告します。がっかりしたディアス選手でしたが、チャレンジを要求し、成功します。サーブは有効、サービスエースだったので、ディアス選手に得点が入りました。
石洵瑶選手のサーブに対して審判がレットを宣告、石洵瑶選手がチャレンジ
このプレー、審判のレット宣告は間違いでした。早田ひな選手もレットでないことは分かっていたと思います。
が、早田ひな選手はこの件について抗議していたようです。審判のレットのコールでレシーブできなかった、ということかも知れません。(アーカイブの動画・音声では判断できませんでした。)
この時のことについて、ひなちゃんねるの動画で振り返っています。
TTRの課題
課題は多いものの、選手やコーチの声を聞きながら改善を行い、普及に努めて欲しいです。
対象大会が限られている
いきなりは難しいと思いますが、徐々に対象大会を増やして欲しいです。
2025年
2025年、次の大会だけがTTR対象になりました。
- ワールドカップマカオ2025(試験導入)
- 世界卓球2025ドーハ大会
- USスマッシュ2025
- スウェーデンスマッシュ2025
- チャイナスマッシュ2025
- ファイナルズ香港2025
テーブル1台につき10数台のカメラが必要だし、ビデオ判定ルームの運用も必要になるため、対象大会が限られるのはしょうがないです。が、できればチャンピオンズは対象にして欲しかったです。
メインテーブルのみが対象
世界卓球ではT1、T2のみ、グランドスマッシュではT1のみが対象です。テーブル数が合計4から6になるため、全テーブルを対象とするのが難しいのは分かりますが、TTR対象のテーブルでプレーする方が圧倒的に有利なわけで、不公平という意見が出るのは避けられません。
また、心象としては視聴率が取れそうな試合を優先してT1に割り当てる傾向があり、それはものすごく理解できるものの、余計に不公平とも言えるでしょう。
判定対象が8項目しかない
事情は理解できますが、TTRの判定対象が現在8項目と限定されています。今後徐々に増やしていって欲しいです。
世界卓球2025でT1(TTR対象テーブル)で行われたダブルスの試合で(どの試合だったか分からなくなってしまいました)、サーブが明らかにセンターラインを超えなかった(テーブルの反対面に落ちなかった)ことがありました。審判はこれを見逃し、レシーバーのペアが指摘したものの、この事象はTTR対象ではないためチャレンジできませんでした。
サーブ時のネットタッチのレットコールについて
サーブ時に審判がネットタッチのレットをコールするタイミングですが、次のように明確にした方がいいと思います。
- ラリーが終了する前にコールした場合、チャレンジはできない。レットのコールがレシーバーのプレーに影響を与えている可能性があるから。
- ラリーが終了した後にコールした場合、そのコールについてサーバー、レシーバーの双方がチャレンジできる。
TTRの導入が必要だと分かる動画
ITTFが定める現在のルールの問題を指摘した、有名な動画です。TTRの導入や、ルールの改正が必要だと分かります。字幕を日本語にするといいと思います。
TTRの導入で変わる卓球の未来
エッジかサイドかの判断は、そもそも審判が正しく行うことに無理がありました。TTRはそれを解決するこの上ない手法です。歓迎しない選手はいないでしょう。
同様にサーブに関するルールについても、審判が正しい判定を下すには難しい場合が多く、TTRの導入は選手によりルールの遵守を求めます。違反サーブと分かっていながら、審判にバレなきゃいいだろうとか、みんなやっているからいいだろうは終わりにする時が来ました。必要ならルールを改正すれば良いと思いますが、それまではルール通りのプレーをするべきだし、TTRはそれを選手に求めます。
これから選手はTTRに対応して行く必要があります。
- TTRされても不正と判断されないサーブを出すようにする。特に勝負どころで出しているサーブが不正でないか見直す必要があるでしょう。
- 相手選手のサーブをチャレンジで不正にできるかどうか見極められる「眼」を持ち、勝負どころで使えるようになる。試合の序盤ではあえてチャレンジせず、終盤の勝負どころで使うような「戦略的チャレンジ」が必要になるでしょう。
次は森薗さんのXポストです。
すごいシステムだな
これは早急にNTとしての真剣な対策が必要。
卓球の形が大きく変わる。
このシステム導入による進化に対応するための競争に遅れた国から国際大会の結果が悪くなるのは明らか。#wtt— 森薗 政崇 (@MasaMezase) July 9, 2025
でもそれだけに、TTR対象とそうでないテーブルでの試合に「差」が生じてしまいます。運営コストの問題がありますが、大きな大会から対応していって欲しいです。チャンピオンズは対象大会に含めて欲しいし、グランドスマッシュのシングルスの準々決勝以降は極力T1に割り振る運営を希望します。
伊藤美誠選手のサーブについて
WTTの実況解説者であるフレイザー・ライリーは、伊藤美誠選手を「世界で最もサーブがうまい選手」と評しています。そしてアダム・バブローは、伊藤美誠選手のサーブは最もクリーンで、サービスフォルトと最も無縁という主旨の発言をしています。
実際、試合を見ていてトスが斜めだと思ったことは一度もないです。
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